ダウンフォース=速い?

プロ野球の過去の名選手達について記した某スポーツライターの著書の中に気になる記述があった。
それは盗塁数の日本記録を持つ福本豊ら往年の数々の名ランナーのスライディングを観察した結果得たという著者の以下の文章である。
(以下本文より抜粋)
「驚くほど共通していたのは、地面を滑る手は常に下を向き、F1マシーンのリアウイングのように地面に向けてなだらかな傾斜角をつくっていたことである。想像するにこれは空気力学上、ダウンフォースを最も得やすいということなのだろう。」

高校物理で習う摩擦力の式、
F = μN
の意味を理解している人なら上記の文章がいかにナンセンスかという事は即座に分かる。
タイヤと路面との摩擦力で加減速するF1マシン(もちろん普通の車も)が路面に伝えられる力の限界はこの式で決まる。
これを上げる手段は式の右辺のμかNを上げるしかない。
スリックタイヤを使うのは静止摩擦係数のμを上げるための手段、路面にぐっと強く押しつける抗力Nを上げる手段が「ダウンフォース」なのである。
すなわちダウンフォースとは路面との摩擦力を増すものなので、もし仮に野球のスライディング時にこれを得れば速くなるどころか逆にベース手前で急減速してしまいアウトになる確率が高まる。
またそもそも人間が走る速度かつ掌の大きさで有効なダウンフォースが得られる事はあり得ない。

「ダウンフォース=F1=速い!」との単純なキーワード連想だけで科学的事実に反した内容を書いてしまうライター、このような明らかな誤りを指摘し編集出来ず出版を許してしまう編集者、いずれも基本的な理系リテラシーの欠如ゆえにこの記述が活字になってしまったのだという事実を嘆かわしく思うのである。

URL :
TRACKBACK URL :

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)